子どもは両者からかわい

母親がすべきであった離乳語

母親独特の濃密な愛情も必要だところが、私たちは、朝起きてから眠るまで、隣の奥さんはどう思うだろう、自分はどう思われているのだろうというように、人が自分のことをどう見ているのかばかりを気にして生活しているのではないでしょうか。
それで心の問題はなおざりにしているのです。
ことを思ってもいいという考え方なのです。
人の目、表面さえ取り繕えば、心の中ではどのようなこうした態度は、人を恐れて、神を畏れずです。これを逆転して神を畏れて、人を恐れずという態度で生活していくべきではないでしょうか。

学校は社会の縮図慶應で教えていた頃

人の目を恐れるのではなく、神すなわち、心の目で判断することです
お母さん方が他人の目ばかり気にしていると、それは子供にもわかってしまうものです。子供も他人の目を気にして、人にわからなければどんなに悪いことをしてもいいという考え方をするようになるのです。その結果、お母さんが見ていなければいい、先生が見ていなければいいというようになります人の目をごまかすことはできます。どんなに親が気をつけていても、子供にだまされていることはあるものです。私も子供の頃から、親をだましていたものです。私も親としては、ずいぶん子供にだまされていると思います。母さんが聞きたいことだけを聞くのではなく

母さんの免疫力を引き継ぐのと同じよう

教育がないと言って嘆いた。私は子供たちにこのようなことを言ってきました。
「きみたち、お父さんにもお母さんにも内緒にしてごまかしていることがあるだろう。
もお母さんもだまされていると思う。だけど、神様はだませないよ」
たしかにお父さん親も人間ですから、子供に対して見ていないこともあるし、間違うこともあります。子供の心をすべてはとても読めません。しかし、神様はすべてを見ているのだから、だませないよ、ということを子供たちが幼いときから、言い聞かせてきました。
神様は悪いことばかりでなく、れなくてもいいことをすれば、な慰めにもなりますいいこともすべて見ています。人が見ていなくても、誰もわかってく神様だけはきちんと見てくれているのです。これは人間にとって大き神様とは心の目ともいえるものです。
人の目ではなく、心の目で判断してほしいのです。
静かな時を持つこと自分を見つめる時間を持ちましょう慌ただしい時代、誰もがみな忙しく過ごしていますから、ともするとその忙しさに流されがちです。

子どもは話をしたい時には自分から話します。

子どもにとってはあまり興味のないこと。
それだけに、一日のうちの十分でも十五分でも自分を静かに見つめる時間を持つことが大切なのではないでしょうか。
5たとえば、やっているときは夢中で気がつかないのですが、どうも枝葉末節のことにとらわれてしまって、本当に大切なことに気がつかずにいるということがよくあります。後で反省してみてはじめてそのことに気がつくのです。しかし、後ではもう遅いということもしばしばありますまた、自分では一生懸命に考えているつもりでも、ある一つのことにとらわれている状態だと、解決の糸口が見つからないということもあります。下手な考え休むに似たりといいますが、いくら考えていても下手な考えでは、休んでいるのと同じだというわけです。
つまり考えるにしても、考え方があるということです。
うまく考えないと、堂々巡りをしてしまい解決の糸口は出てきません。
今何かをしている最中であっても、そこでのポイントは何かということをしっかりとつかむことが大切です。
子どもは自己崩壊などとは無縁に違いない。

教育というのは知識を教え込むのと違い

何をまず優先すべきかという、優先順位を考えながら、仕事なら仕事をするという態度ですそのためには、一日に十五分でもいいから、一回立ち止まってみて、「今夢中になってやっているけれど、これは本当にやる価値があるのだろうか」と考えてみる必要があると思うのです。そこで、大切なものと大切でないものをきちんと見極めるということです。
そこで、私はお母さん方に静かな時間を持つことをおすすめします。静かな時間を持って、祈りながら考えてほしいと思うのです。お母さんが子供によかれと思ってしたことでも、後で考えてみたらよくなかったということはいくらでもあることでしょう。ですからどうぞ、私の判断が間違わないように、理性を照らしてください
と祈りながら考えるのです。

子どもが持ち物をなくしたら親は気がつくはずです。

育てる面とがあります。
導きを願うのです。人間の力ですべてを間違いなくできると思ったらそれはおごりです。人間は謙虚にならなくてはいけません。
もちろん祈るということは、自分の力で何もしないということではありません。自分の全力を尽くした上で、これから先はお任せするというか、導いていただくという態度です。それが人事を尽くして天命を待つということです。
私は、日常の忙しさに流されないために、一日に一度は静かな祈りの時間、とがいいのかどうかを反省する時間を持つ必要があると思います。
今自分が行なっているこ
生きる意味を考える子供は親の姿をうつす鏡ですお母さんは、子供たちにああしなさいこうしてはいけませんといったことを、毎日言っています。たとえば、人に迷惑をかけてはいけませんよ嘘をついてはいけませんよ人には親切にしなさい約束を守りなさいといったことです。このような善悪のけじめは大切なことですから、繰り返し言うことは当然です。
そして善悪のけじめを若い魂に教えるのは、お母さんの大切な務めなのです。
子供はこのようなことを、お母さんに注意されて、まず耳で聞きます。


教育がないと言って嘆いた。 父親に対する強い不信感を植えつけるだけです。 先生お気を悪くしないでね。