母さんに対する

教育にあたりました。

育てるというよりもいまの親日本人は本当に忙しく、せわしないと思います。大人も子供も好むと好まざるとにかかわらず、つね自分も走らなければおいてきぼりを食ってしまうに走り回っています。
という感じです。
周りがつねに走っているので、あわまた新聞などで、慌ただしい世の中といったことが、よくいわれます。この慌ただしいという字もまたりっしんべんからできています。りっしんべんに荒れ野とか荒れ果てるといったときに使うという字を書きます。
この
ですから、という字を漢和辞典で調べたところ、この字はあわてるとも読むそうです私たちがあまりにも慌てて、慌ただしい毎日を送っていると、心が荒れ野のようにあるいは砂漠のようにカサカサになってしまうという、自戒の意味をこめて作られた漢字ではないかと思いまそれでは、忙しく、慌ただしいことは本当にいけないことなのでしょうか。

育児にも訪れたからに他ならない。

私は、決していけないことではないと、自分に言い聞かせています。というのは、病床にいる方や今は働いていない方は、忙しく慌ただしい毎日を送っているわけではありません。そういう忙しく働きたくても働けない方もいるのです。
そう考えると、私たちは健康に恵まれているからこそ、忙しく働くこともできるし、仕事に恵まれているからこそ、忙しくしていられるのです。そう考えると、私は忙しい日々を送らせてもらっていることを、有り難いこととしてむしろ感謝しなければならないのではないかと考えるのです。しつけは賞罰ではなく親子が一緒に行動して

教育をして欲しいと思いますね私は。

子どもを連れてきたときでも親なおしかし問題は、何事も過ぎたるは猶及ばざるが如しということわざがある通り、忙しいことに感謝するにしても、忙しすぎると、心が亡くなったり、慌ただしすぎると、心がカサカサになってしまうという、漢字が示している自戒を思い出さないといけないのではないでしょうか。
どんなに慌ただしい毎日を送っていても、人間が直面している現実を忘れてはいけないと思いますたとえば、人間は必ず死ぬ存在です。ところが、慌ただしく毎日を送る中で、私たちは、死を忘れてしまって生活を送っています。まるで永遠に死なないかのように生きるということは、もちろんそこで死の恐怖を忘れることはできるけれど、それでは幻想の中で生きることになってしまいます。
私たちはやはりいくら忙しく慌ただしい生活を送っていても、現実を離れて幻想の中で生きることは間違いだと思います。一応、人間が直面しなくてはいけない現実を踏まえながらも、かつ毎日の慌ただしさの激流に巻き込まれない生き方をしなくてはいけないのではないでしょうか。

経験させることがやがて大きな痛み

子どもたちの遊びの中
そのためには、後で述べるように、静かな時を過ごす必要もあるのです
心がカサカサではありませんか心にも栄養クリームをお母さん方は、少なくとも一日に一度は鏡に自分の姿をうつしてみるでしょう。そして、顔がカサカサであれば、クリームなどを塗ってカサカサな肌の手入れをするでしょう。このように、外見がカサカサであれば、それを治すために必要な化粧品を使いますしかし、心の場合はどうでしょうか。
おかしいのではないでしょうか。
心がカサカサになっているのに、それを治そうとしないのは人間らしく在るためには、体も大切ですが、心とか魂といったものもとても大切です。ところが、代の人々は、この内面の問題、心とか魂の問題をあまりにも無視しているのではないでしょうか。
現あまりにも現代が忙しく慌ただしい時代だからかもしれません。さらに、自己中心主義というか、自分と自分の子供さえよければ、他人には構っていられないといった考え方が強いのです。
与えることのほうが、受けることよりも幸せであるという言葉があります。でも、現実には、人間はなかなかそうは振る舞えません。
普通は、受けてさえいれば幸せだという考え方なのです。
幼稚園のころからの親友です。

練習が必要である

だから、たくさんお金があれば幸せだし、地位がありさえすれば幸せだと思いがちです。そこに間違いがありますどんなに大富豪になっても、幸せであるかどうかはわかりません。人から見たら、財産もあり地位もあり幸せそのものと見えようとも、本人が幸せかどうかは別のことです。本人は自分が幸せだとはまったく思っていないかもしれません。
その反対に学歴もないし、ら不幸に見える環境の人が、もしれません地位もお金もない、しかも健康にも恵まれていないといった、人から見た自分は家庭にとても満足して毎日満ち足りて幸せだと思って生きているか人間、肩書とか地位とか財産といった、外のものをいくら持っても、幸せになれるとは限りませんまた逆にそういうものがないからといって不幸とは限りません。いくら、そういうものを手に入れても心がカサカサに乾いて満足していないならば、その人は不幸といえるでしょう。
私たちは、体の栄養のことにはよく注意が向くのですが、ちです。心にも体と同様に栄養が必要なのです。

子どもにも同様に関わってしかし一方

子どもにどれほど信頼
こと心ということになると、どうも忘れがたとえば、いい本にめぐり会うこと、音楽や絵画に感動すること、自然の素晴らしさに心を動かされるというようなことが心の栄養になるのです。時には心に栄養を与えないと、心がカサカサになってしまいます。
心の目で見ることができますか心の問題でもう一つ言いたいのは、考えるという態度です心の目で見ることが大切だということです。
心の目でものを見今のお母さん方は、子供を教えたり叱ったりするときでも、人が見ているからみっともないといった言い方をしているのではないでしょうか。それでは、人が見ていなければいいのかということになります。そうではなく、人が見ていても見ていなくても、いいことはいいことであり、悪いことは悪いことであるはずです。


子どもを連れてきたときでも親 先生お気を悪くしないでね。 子どもは両者からかわい